「ソードアート・オンライン ヴァリアント・ショウダウン」メインストーリー ウェブ小説版

2章-後半

「ここがクロスエッジの街なんだ……すごい作り込みだね」

「なんだか、アインクラッドの街に雰囲気が似ている気がします」

翌日は、俺とアスナに加えて、リーファとシリカ、リズも一緒にクロスエッジにログインしてくれた。もちろん、捜索の手は多い方がいいというのもあるけど、メンバーを賑やかにしてライラともう少し打ち解けたいという思いもあった。リーファはALOの、リズとシリカはSAO時代のアバターを使用している。

「この建物なんて、本物みたいな手触り! 武器やアイテムなんかの造形も」

「そこら辺も、弟はしっかり作り込んでいたからな」

リズに説明するライラは、少し得意げだ。思った通り、リズたちとライラはすぐなじんでくれたようだ。

「せっかくクロスエッジに詳しい人がいるんだから、案内してもらおうよ」

「え、詳しい人って……私か?」

「もちろん! ライラさん、お願いできる?」

リーファのお願いに、ライラが少し困ったようにこちらを見る。

「俺からも頼むよ、ライラ」

そう言うと、ライラはちょっと嬉しそうに頷いた。

「それなら、向こうにおいしいカフェがあるんだ。そこで、どこに行きたいか相談しよう」

「うわあ、ステキですね」

「あたしは、鍛冶屋とかあったら見てみたいなあ」

わいわいおしゃべりしながら、カフェに移動する。ライラも張り詰めて緊張していたときと違い、リラックスした様子だ。こうして見ると彼女も年相応の女の子だな。

「ライラさん、楽しそうね」

「ああ、リズたちに感謝しないとな」

みんなの後ろを、アスナと一緒について行く。

「みんなに手伝ってもらえば、きっとライラさんの弟さんも、すぐ見つかるよね」

「……そうであってほしい」

そのためには、まずライラに声をかけたというフード姿の男からだ。なんとか、見つける方法を考えなくては。そんなことを考えていると……。

「アスナ! それにキリト!」

後ろから、聞き覚えのある声に呼び止められた。振り向くと、そこには黒曜石の鎧を身に付け、濡れ羽色の髪をなびかせた女の子――ユウキが立っていた。

「ユウキ! 体調は大丈夫?」

ユウキの元に駆け寄り、アスナがユウキの小柄な体に抱きつく。ユウキも嬉しそうにアスナを受け止めた。

「うん、今は平気だよ、アスナ」

「でも、どうしてクロスエッジに? ALOはどうしたの?」

「昨日、久しぶりにログインしたら、アスナはクロスエッジにいるって聞いたんだ。だから、ボクもそっちに行こうって思って」

「そうだったんだ……」

「まあ、毎日ログインするっていうのは、ちょっと無理なんだけどね」

「うん、わかった。でも元気なユウキに会えて嬉しい。でも、どうして急にクロスエッジを始めたの?」

「それは……」

アスナがこちらをチラッと見る。ユウキになら話しても大丈夫だろう。

「それは俺から話すよ。実は……」

「ちょっと二人とも! 遅れてるわよー!」

話を始めようとしたところに、リズが駆け戻ってきた。

「あれっ、ユウキ!?」

「リズベット! 久しぶりだね!」

「うん、本当に。でも、体は……ううん、大丈夫なのよね。でもビックリしたわよ!」

「えへへ、ごめんね」

「謝る必要なんてないって。じゃ、ユウキも交えてみんなでお茶にしましょう」

カフェへの道すがら、かいつまんでユウキに事情を説明する。ライラの弟が行方不明、というところではユウキもかなり憤りを感じたようだ。

カフェで、ライラにユウキを紹介する。少し驚いていたようだが、

「キリトには友人が多いんだな。女性の」

と言っただけだった。そこには少し誤解があるが、今は突っ込まないでおこう。

お茶を楽しんだあとは、フィールドに出て森やダンジョンを探索した。すれ違うプレイヤーたちの多様な姿に、リーファやリズたちも驚いていた。

ひとしきり探索を終えて、もう一度街に戻ってきたころには、もう夕方の時刻となっていた。

「ありがとう、ライラさん。おかげですっごく楽しかったよ!」

「あたしも楽しかったです! ピナみたいな相棒を連れてる人もいましたし、もっと遊びたいです」

「あたしは、やっぱり武器制作が気になるなー。剣や斧とかから、銃器まで作れるってことでしょ。やってみたいなあ」

「ボクは、銃と戦ってみたいかも。銃弾と剣がぶつかったら、どういう処理になるんだろう」

みんな、口々に楽しかったことをライラに報告する。その一つ一つに、ライラは嬉しそうに頷いていた。よほど、クロスエッジが好きなんだろうな。

これで、ライラが少しでも楽しくなってくれれば、などと考えながら歩く。ちょうど街の中央にある広場にさしかかったところだ。

「……ずいぶん人が集まってるな」

広場には、イベントの告知やメンバー募集などのチラシを貼る掲示板がある。そこに大勢のプレイヤーが集まっていた。

「なんだろうね、キリトくん」

「次のイベントが発表されたのかな」

期間限定イベントに参加する余裕はないかもな……と想いつつ、人混みをかき分けて掲示板を確認する。そこには「第三回・バトルロイヤル大会、開催決定!」と大きく書いたビラが貼られていた。

「バトルロイヤル大会……これってPvPの大会か?」

「そうだ。大勢のキャラクターが同時に闘技場に入り、勝ち残ったプレイヤーが優勝する」

俺のつぶやきに、いつの間にか隣に来たライラが答えてくれた。

「前回は、けっこう参加者が多くて盛り上がった。でも、ついこの間二回目をやったばかりから、もっと時間を空けるのかと思ってた」

「そうか、参加者が多いのか……」

それなら、もしかしたら高ランクプレイヤーを狙う例のヤツが現れるかもしれない。

「ライラさん、二回目っていつ行われたの?」

アスナが、少し不安そうな声でライラに尋ねる。

「たしか一ヶ月くらい前だ。一回目と二回目は何ヶ月か間が空いたんだけど、ちょっと期間が短いな」

「そうなんだ……ねえキリトくん、これって……罠じゃないの?」

「……どうだろうな」

俺も、その可能性は少し考えていた。

「確かに、運営側がキリトのことを狙っているなら、こんな短期間に開催するのもわかる。弟……ミハエルのことも知っていたってことは、運営とつながってるってキリトも言っていたじゃないか」

ライラもこちらを心配してくれる。だが、高ランカーを狙うヤツがフード男と関係ないとしたら、これはチャンスでもある。

「とにかく、前回の大会のこととか調べてみるよ」

「そんなこと言って、戦いたいんでしょう、キリトくんは」

アスナには見抜かれているようだ。全く違う世界観のプレイヤーと戦える、というのはクロスエッジならではの特徴で、それにワクワクしているというのも事実だ。

「まったく、しょうがないわねえ、キリトは」

「でも、止めて止まるようなキリト君じゃないもんね」

「あ、あたしは応援します!キリトさんなら、きっと優勝できますよね!」

見抜いているのは、アスナだけじゃないようだ。

「……お前はそういうヤツなんだな、キリト」

「……まあ、そうかもな」

最後にはライラにまでそう言われてしまった。

クロスエッジからログアウトした後、俺とアスナはエギルの店に向かった。バトルロイヤル大会に運営が絡んでいるならあらかじめ調査しておきたいし、そのためにはエギルの協力が不可欠だ。それに、この間話したことについても、何かわかったことがあるかもしれない。

「PvPのバトルロイヤル大会か。ずいぶんタイミングがいいな」

「ああ、ちょうどよかったよ」

さっきみんなで話したとおり罠の可能性もあるが、PvPありのゲームでこうしたイベントが開催されるのは、珍しいことじゃない。

「本当に、なにもないといいんだけど」

「いや、逆に何か起きてくれた方が、事件解決につながると思う」

そう言うと、アスナがこっちを軽くにらんだ。

「もう、いつもそうやって危ないところに飛び込んで行っちゃうんだから」

「はは、アスナも大変だな」

エギルが珈琲を差し出しながら笑う。

「おいおい、エギルが言い出したってことを忘れるなよ」

「わかってるよ。ちゃんとあれから調べておいた」

「おっ、何かわかったのか?」

「といっても、わかったのはエプシロンが医療関係の事業部を持ってるってことと、記憶を失ったプレイヤーが一人いたってことくらいだがな」

「医療関係、か……」

メディキュボイドのように、VRを利用した医療技術も存在する。だが、クロスエッジがどのような形で医療と関係するのだろうか。

「記憶、記憶……読み込んで再現……」

アスナが小さな声で繰り返す。かなり深く思考している様子だ。そして、パッと顔を上げる。

「記憶を読み込んで再現できるなら、その逆ってできないのかな」

「逆? 逆っていうと……記憶を消す、ってことか」

「うん。忘れたくない思い出もあれば、思い出したくない記憶もあるでしょ? それを消す治療とか技術も、あり得るんじゃないかな」

「なるほど、記憶を消す技術……その実験というか実証のために、クロスエッジが使われているってことか」

俺の言葉にエギルも頷いた。

「可能性はあるだろうな。これだけのプレイヤーが参加しているんだ、実験材料には事欠かないだろう。もちろん、証拠はないが」

「うーん、証拠か……運営側に近づく方法があればなあ……」

「PvPの大会があるんだろ? それはどうなんだ?」

「いや、まだ詳しく調べてないんだ。そこで運営とコンタクトできれば、いろいろわかるかもしれないけど」

「ちょっと調べてみるか。その間、これでも食べて待っててくれ」

エギルがシチューとパンを出してくれた。うまそうな匂いに、忘れていた空腹を思い出す。そういえばも夕飯の時間になっていた。

「うわ、おいしそう。ありがとうございます、エギルさん」

「支払いはキリトにつけておくたくさん食べてくれ」

「えっ、おごりじゃないのかよ!」

「当たり前だろ。いつも珈琲おごってやってるんだから、たまには払え」

「……わかったよ」

「それじゃ、いただきます。ありがとうキリトくん」

「ああ、こうなったらどんどんお代わりしてくれ!」

「おいおい……嘘だろ」

エギルの作ってくれた夕食を食べ終わった頃。ノートパソコンで調べていたエギルがうめき声を上げた。

「どうした、エギル」

「これを見ろ、キリト」

そう言ってエギルはモニターをこちらに見せる。その顔は血の気が引いて、青ざめていた。

「この男は……!」

そこに、アインクラッドで……いや、その後もずっと俺たちを付け狙い、苦しませてきた男。フードをかぶったその姿は、PoHそのものだった。

「でも、まさか……あいつは、アンダーワールドで……」

「落ち着いて、キリトくん。確かに似ているけど、PoH本人と決まったわけじゃないわ」

「……そうだよな、そんなはずはないんだ。ありがとうアスナ」

アスナの言うとおり、他人のそら似という可能性もある。なにより、あの男はアンダーワールドで再起不能に陥った。ここにいるのはPoHであるはずがない。理性で必死にそう言い聞かせる、モニターに映ったフードの人物を、PoHじゃないと考えるのは難しかった。

「これは、前回のバトルロイヤル大会の優勝者の映像だ。勝利者インタビューでは、『連覇を狙う』と宣言していたらしいぞ」

「連覇……つまり、今回の大会にも出てくるってことか」

だとすれば、少なくともコイツと戦うことはできるというわけだ。

「キリトくん……」

アスナが心配そうに、俺の肩に手を置く。

「大丈夫、罠の可能性も考えてるし、無茶はしない。ライラの弟だって、助けなきゃならないんだし」

「……うん。わたしも、一緒に戦うから」

「ありがとう、アスナ」

「……まあ、止めても聞かないんだよな、お前たちは」

エギルがため息をついた。

「オレはもう少しクロスエッジのことを調べてみる。ログインしてないアカウントや、やめたプレイヤーを追いかけてみるよ」

「ありがとう、エギル。助かるよ」

街の喧騒からはほど遠い路地の突き当たり。以前ライラがフードの男に会った場所に、一人の男が立っていた。金髪碧眼で端整な顔立ち、さらにスーツとネクタイを身につけたその姿は、薄暗い路地の中で浮いている。

「あの男は大会にエントリーしたよ」

誰ともなく声をかけると、物陰からフードをかぶった男が音もなく現れた。

「ククク、来ると思ったぜ」

「わかっていると思うが、すぐに倒すんじゃないぞ。できるだけ長く戦い、彼の脳との情報交換回数を増やすことが今回の目的だ」

「ああ、もちろんだ。あっさり倒したんじゃもったいない。ククク……」

フードの男は笑いながら頷く。

「それに、楽しんでもらうための《人形》も準備しているからな」

「そうか。なら首尾よく済ませるように」

金髪の男はそう言うと、話し相手には目もくれずに路地から立ち去った。それを見送ると、フードの男は地面につばを吐く。

「ケッ、そうやって偉そうにしていられるのも、あいつを倒すまでの話だ」

男は腰に下げた剣を抜き放った。それは剣というより、包丁の形に近い。

「まあ、それまではせいぜい言うことを聞いてやるよ」

そう言いながら、男は物陰に足を踏み入れた。闇に溶け込むように、男の姿がスッと薄くなる。次の瞬間には、もうそこには誰もいなかった。

「皆さまァ、お待たせ致しましたァァ! これよりィィ! バトルロイヤル大会をォ開催しまァァァす!」

ややクセのあるアナウンスが流れ、周囲から観客たちの歓声が上がった。

今日はバトルロイヤル大会当日。戦いが始まる前の、独特の緊張感と高揚感が会場一帯を包んでいる。だが、俺たちはそれを楽しむ余裕はない。PoHが関わっている可能性がある、とわかった以上、どれだけ警戒しても足りないくらいだ。

「いよいよだな、キリト」

一緒に出場するライラが、こちらも緊張した顔で話しかけてくる。出場するのは俺とライラ、それにアスナだ。アリスとユージオも参加したがったが、周囲の警戒に当たってもらっている。ラフィン・コフィンなら、大会そのものを囮にして周囲に罠を仕掛ける、なんてことをやってきてもおかしくない。そのためにも、腕の立つプレイヤーに警戒をしてほしかったのだ。

「それではァ! 予選グループのォ、発表でェェェす!」

アナウンサーの声と共に、参加者をグループごとに振り分けたリストがモニターに映し出される。この大会は参加人数が多く、まず予選をトップで勝ち抜かなければならない。アスナやライラとグループが一緒になったら……と心配していたが、幸い俺たちは別々になった。

「あとは、例のヤツがどこにいるか、だな……」

PoH、と名乗っていれば楽なんだが……。そう思いながら、グループ分けのリストを見ていると、ライラが近づいてきた。

「あいつとはたぶん私が一緒だ、キリト」

「本当か? 相手の名前を知っているのか?」

「いや、知らないけど……さっき、人混みでヤツを見つけた。向こうもこちらに気づいて、合図をしてきた」

そう言って、ライラは親指で自分の首を斬るジェスチャーをした。

「悪いが、キリトが戦う前に私があいつを倒してしまうからな。そして弟のことを聞き出す」

「ああ、頑張れよ。でも気をつけてくれよ」

「わかってる。そっちも予選で負けるなよ。お互い勝ち残って決勝で戦おう、キリト」

ライラはニコッと笑うと、拳を突き出してきた。拳を合わせて、お互いの健闘を祈る。

「ああ、決勝で会おう、ライラ」

俺とアスナは、大きなトラブルもなく、無事に予選を勝ちきった。剣や魔法から銃火器まで、様々な武器で戦うクロスエッジで勝つのは大変だ。これも、ライラからいろんな事を教わって、模擬戦をやってきたおかげだろう。

「次はいよいよ、ライラさんたちのグループね」

「ああ……。無事に勝ってほしいが」

ステージには、ライラを含めた参加者が並んでいる。その中に、例のフードをかぶった男もいた。こうして実際の姿を見ると、ますますPoHにしか見えない。目深にかぶったフードの奥からこちらに視線を送っているように感じるのは気のせいだろうか。

「それではァ、いよいよバトルスタートォォ! 勝ち残るのはァ、いったい誰なんだァァ!」

アナウンサーの合図と共に、プレイヤーたちが一斉に戦い始める。ライラは軽快な動きで敵の攻撃をかわし、危なげなく敵を倒している。一方、フードの男はバトルの中心から一歩離れ、様子をうかがっているようだ。それに気づいたプレイヤーが、二人同時に斬りかかる。だがフード男は一歩も動かず、ただの一振りで二人を倒してしまった。前回優勝、と言う実力は本物のようだった。

やがて一人、また一人とプレイヤーが減り、ステージに残っているのはライラとフードの男だけになった。どちらも、混戦にもかかわらずほぼ無傷。見たところ、実力は五分に見えるが……。

ブンッ

観客席で見ている俺たちのところまで、短剣を振る音が聞こえてくる。ライラが両手の短剣でフードの男を攻めていた。目にも留まらぬ斬撃の連続で、並の相手なら畳みかけられてしまうだろう。だがフードの男は紙一重のところで攻撃をかわしている。攻撃をせず、見切りに集中しているから避けられるのだろうが、それにしても強い。

「おっと、危ねえ危ねえ」

「はあ、はあ、はあ……そっちは逃げるだけか」

「あんたの実力を見てたんだよ。思ったよりはやるようだが、それじゃあの男には勝てねえなあ。だからコロッと手のひらを返したってわけか」

「違う! お前たちが信用ならないからだ!」

「ククク、せっかく情報を提供してやったのに、裏切るとは……」

「うるさいっ!」

ライラが鋭く右手のナイフを突き出す。フードの男はのけぞってそれをかわすが、そこにさらに踏み込んで左の攻撃を繰り出した。

「おっ……」

急いで後ろに飛んで距離を取るが、一瞬早くライラの短剣がフードを切り裂いていた。浅くはあるが、初めてのヒットだ。

「……チッ、遊ぶのもここまでか」

「負け惜しみを! このままトドメだ!」

ライラが一気に距離を詰める。それに反応し、避ける一方だったフードの男が、逆に前に突っ込んできた。

「なにっ!?」

ライラの攻撃を受け止める。そのまま、ライラの小柄な体を押し返した。

「ヒャッハァ!」

体勢を崩したライラに、連続で剣を突き出す。そのどれもが急所を狙っており、ライラもかわすので精一杯だ。

「くそっ……」

低い体勢から足を狙った攻撃を受け、ライラがよろめいた。避けきれず、刃が足をかすめたようだ。だが攻撃は浅く、ダメージもほぼないように見えたが……。

「ああああああっ!!!」

ライラが、悲痛なうめき声をあげてステージに倒れ込んだ。斬られた傷を抑えて悶絶している。

「バカな……傷は浅かったはずだ!」

「クックック……大げさだなァ。現実で斬られたわけじゃねえだろう?」

立ち上がれないライラにゆっくりと近づき、剣を振り上げた。

「ライラ、危ないッ!」

「くっ……うう」

震える足をおさえ、何とか立ち上がる。だが、武器を構えることはできないようだった。

「おお、立ち上がれるのか、我慢強いねえ。それならコイツはどうだ?」

「きゃああっ!!!」

剣の切っ先が、ライラの肩に振り下ろされる。これも浅い攻撃だが、食らった瞬間にライラの体はビクンと痙攣し、再び倒れた。

「ちょっと、痛がりすぎじゃない?」

観客も、ライラの様子を見てざわざわしている。確かに、今の状況だけを見れば大げさに見えるだろう。だが……あの痛みは本物だ。俺が、オベイロンにされたように……いや、もしかしたら更に強いレベルで、ペインアブソーバーがコントロールされているのだろう。

「ライラ、危険だ! 棄権するんだ!」

ゲーム中であっても、強すぎる痛みは現実に影響を及ぼす。あのまま攻撃を受け続けたら危ない。

「い、いや……私はコイツから、ミハエルのことを……」

「そうこなくっちゃなァ」

「だ、黙れっ!」

震える手をもう一方の手で押さえ、ライラが渾身の一撃を繰り出す。だが、それも難なくかわされてしまった。

「もう少し楽しみたいところだが、メインディッシュが控えてるんでな」

体勢を立て直したライラが、再び刃を構えようとする。だがそれが終わる前に、ズンッと音がしてライラの胸に剣が突き立てられた。

「えっ……」

一瞬、理解できない、という表情で胸に刺さった剣を見る。そしてすぐに

「うあああっ……!」

と力ない悲鳴を上げて……ライラのアバターは消えた。

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