「ソードアート・オンライン ヴァリアント・ショウダウン」メインストーリー ウェブ小説版

3章-前半

「ライラーーーッ!」

胸に剣を刺されて、ライラのアバターが消えた。

大丈夫、ここはクロスエッジ……ゲーム中にHPを全て失っても、現実で死ぬことはない。そうわかっていても、冷たい汗が吹き出るのを止められない。

それに、HPがゼロになったとしても、いきなりアバターが消えるなんて仕様はクロスエッジにはない。

「ついにィィィ、決着ゥゥ! 勝者はMr.Pとなりましたァァァ! 宣言通りの連覇は実現するのかァァァ!」

アナウンサーや他の観客は、その違和感には気づかず盛り上がっている。Mr.P、と呼ばれたフードの男は、闘技場からこちらを見下ろしていた。

「さあ、ついに決勝戦ンンン! 出場者は壇上へあがるのだァァァ!勝つのは、たった一人ィィ!」

決勝戦は、予選の後すぐに始まってしまった。ライラのことは気になったが、今は確かめていられない。アリスとユージオを呼んで、状況を確かめてもらっている。

「キリトくん、気をつけて」

「ああ、アスナも。あいつに攻撃されると、何が起こるかわからないぞ」

闘技場には俺とアスナ、Mr.P、それにCブロックの勝者が上がった。

「それではァァァ、決勝戦のスタートだァァァ!」

開始の合図があっても、Mr.Pは身動きせずこちらをじっと見ている。フードで表情が読めないが、どうやら笑っているようだ。俺とアスナもうかつに動くことができず、三人がにらみ合う構図となった。

「……ライラに何をした」

「さあな」

Mr.Pは素っ気なく答えた。

「知りたかったら、俺に勝ってみせろ。そうしたら全部教えてやるよ。あいつの弟のこともなあ」

やはり、ライラの弟……ミハエルのことも知っているのか。

「その言葉、忘れるなよ!」

俺たちとフードの男との問答は続く。そんな俺たち三人の様子に、他の参加プレイヤーが痺れを切らした。

「いつまでしゃべってやがる! 動かねえなら、こっちから行くぞっ!」

Mr.Pに向けてサブマシンガンが連射される。タタタタッ、とライフルなどに比べると軽い銃声が響く。だが、フードの男は最小限の動きで銃弾をかわすと、あっという間に相手の懐に潜り込んだ。

「邪魔だ、雑魚は引っ込んでな」

そう言って、胸に剣を突き立てる。痛みに悶える手からサブマシンガンが落ち、男のアバターはライラと同じように消えてしまった。

「まただ……」

相手が何をしているのかわからないが、尋常でないことだけは確かだ。アスナと並び、お互いを常にサポートできる形で剣を構える。あからさまな二対一の構図に、観客からはブーイングが上がった。だが、そんなことを気にしている余裕はなかった。

「はあああっ!」

先陣を切ったのはアスナだ。鋭い突きが、Mr.Pの胸元を狙う。体をずらしてそれをかわし、踏み込んで横薙ぎにアスナの喉を切り裂こうとする。

キィィン

だが、その手前で俺の剣が相手の刃を弾いた。わずかに体勢を崩したところに、アスナが連続して突きを繰り出す。身をひるがしてかわそうとするが、避けきれなかった一撃がフードをわずかに切り裂いた。

「二人相手ってのは、やりづれえな」

「なら降参でもするか、チャンピオン」

「……なるほど、その手があったか……くっくっく」

そう言うと、相手は構えていた剣をスッと下す。

「どういうつもりだ? まさか本当に……」

「ここじゃ、本気で戦えねえ。その女が一緒だと、余計にな」

そう言って、くるっとこちらに背を向ける。

「なっ……」

予想外の行動に、一瞬こちらの動きが止まる。次の瞬間、相手はダッシュで闘技場から飛び出した。

「なんとォォ! まさかのリングアウトだァァァ! Mr.P、このままだと失格だぞォォ!」

アナウンサーが絶叫し、観客たちも騒がしくなる。だが、ヤツはそれを気にもとめず、俺に手招きした。

「来いよ、お前にふさわしい死に場所を用意してやる」

そう言って、Mr.Pは駆けだした。こちらを振り向きもしないのは、俺がついてくると確信しているからだろう。

「……わかった、行ってやるよ」

「キリトくん! これは罠だよ!」

「ああ、わかってる。でも行かなきゃ、ライラたちにしたことも、ライラの弟のこともわからないままだ」

「……なら、気をつけてね。本当に、絶対」

「うん。ごめん、アスナ」

Mr.Pに続いて俺が闘技場から出たことで、観客たちから激しいブーイングが上がった。背後から俺を引き留めるアナウンサーの声が聞こえる。

残ったアスナは大変だろうな……ごめん、アスナ。

心の中でアスナに謝りながら、俺はMr.Pの後を追いかけた。

大通りを抜けて、街の郊外へ。見え隠れする相手の背中を追って、いつの間にか人気のない辺りまで来ていた。たどり着いたのは、苔むした墓石がいくつかある、陰気な墓地。相手の姿は見えない。

「なるほどな……初めて会った場所に似ている」

ラフィン・コフィン……いやPoHと初めて会ったのも墓地だった。やはり、あいつはPoHなのだろうか。しかし、あいつは……。

一瞬、思考に気を取られて周囲への警戒がおろそかになる。その瞬間を狙ったかのように、背後から殺気が迫った。

「くっ……!」

なんとかその刃を避け、振り向いて体勢を立て直す。だが、そこにはフードをかぶった男ではなく、巨大な人……いや、人型のバケモノとでも呼ぶべき相手が立っていた。

「な……なんだ、これは?」

グォォォォォォ!

これが、あのMr.Pなのか? 軽いパニックに陥った俺を、怪物は構えた巨大な剣で力任せに薙いだ。両手の剣を交差させて、それを受け止める。しかしその勢いは止まらず、剣は弾かれて後ろによろめいた。

「ククク、どうした、黒の剣士サマよぉ」

ソードスキルでもなんでもない、ただの攻撃。だがその一撃はあまりにも重い。まともに食らえば、一撃でHPをゼロまで削られるだろう。

「バケモノめ……」

剣を握り直し、重心を落として相手の攻撃に備える。これからは、全ての攻撃をかわすつもりで戦うしかない。

「――行くぞっ!」

相手の攻撃はすべて致命的で、受け止めることすら難しい。ヒットアンドアウェイを繰り返し、少しずつダメージを与える。HPよりも神経を削られる戦いが続いたが、何度目かわからない一撃が決まり、ついに相手が地面に倒れた。

「はあ、はあ、はあ……」

まさか、第二形態とかないだろうな。

そう思いつつ、構えを解かずに相手を観察する。やがて、その体が震え始めた。

「来るかっ……」

だが、怪物は立ち上がることはなかった。震えが止まると、その体は縮み――だが、そこに倒れていたのは、フードの男ではなかった。片手剣と盾、それに軽装鎧をまとった姿。ファンタジー系のゲームをベースにしたアバターだ。気を失っているようだが、その顔は苦痛にゆがんでいた。

「な……」

目の前の現象が理解できず、声が漏れてしまう。こいつはいったい……

「あーあ、こいつは手ひどくやったもんだなぁ」

背後から、聞き覚えのある声。慌てて剣を構えて振り向くが、そこには誰もいない。物陰に隠れているのか?

「俺と戦うんじゃなかったのか?」

姿の見えない相手に、声を張り上げる。

「確か、オレに勝てたら教えてやるって言ったな。だがソイツはオレじゃない。残念だったな」

「なら、姿を現して、今ここで戦え!」

会話を続けながら、相手の居場所を探る。だが、声がする場所が特定できない。

「ひとつ、お前に言っておく。これ以上クロスエッジに関わろうとするな」

「それは、警告か? だったら応じる気はないな 」

「くくくく……お前ならそう言うと思ったよ……キリト。 あんなにやり合った仲だからなぁ。お前のことは手に取るようにわかる」

「お前……何者だ……?」

「おいおい、寂しいこと言うなよ。よーく知ってるはずだろ? 俺のことは!」

男は左腕をまくりあげる。そこには――

「その、タトゥーは……!」

そこには、笑う棺桶……《ラフィン・コフィン》メンバーの証であるタトゥーが彫られていた。

「PoH……生きていた、のか」

「……雇い主の命令があるんでね、今日はここまでだ」

PoHがジリジリと後ずさり、枯れ木のそばへと近づく。

「逃がすかっ!」

叫びながら、相手に向かって突進する。だが一瞬早く、PoHの姿は暗闇へと消えた。

「待て、PoH!」

俺の叫びに、声だけが答えた。

「またな、キリト」

その後、周囲をいくら探してもPoHの姿を見つけることはできなかった。

気がつけば、もう日が暮れる時間になっていた。消えたPoHの手がかりも掴めず、失意のまま街へ戻る。そういえば、ライラは無事だろうか。

「キリトくん!」

バトルロイヤルの会場まで戻ると、アスナが出迎えてくれた。

「よかった、無事で……いきなり会場を出て行っちゃうんだもん」

「ごめん、悪かった。アスナたちに伝える時間もなくて……。それに、相手を捕まえることもできなかった」

「いいの、今はそんなこと。とにかく、本当に無事でよかった……」

最後は少し涙声になるアスナの手をそっと握る。

「アスナも無事でよかったよ。ライラも無事だといいんだけど」

「それが、姿も見えないし、メッセージの返信もなくて……」

無事ならば、この場所に戻ってくるか、少なくとも連絡はしてくるだろう。だが、この時間になっても姿が見えないのは……イヤな考えが頭をよぎる。

「私なら大丈夫だ、キリト」

だが、その不安も聞こえてきた声で霧散した。俺が戻ってきた方向とは逆から、ライラが手を振りながら歩いてくのが見える。

「ライラ!」

「ライラさん! よかった、無事だったのね」

「ああ、心配をかけたな」

見たところ、バトルロイヤル大会が始まる前と同じライラだ。あのバトルの影響は見受けられない。

「もう平気なのか? その、普通じゃなかったからさ」

「ああ、確かにあの男の攻撃は、感じたことのない痛みだった」

苦痛を思い出したのか、ライラの顔がゆがむ。だがそれもすぐに消えた。

「負けた後は、いつものホームに戻されたんだ。心配をかけたが、今はなんともない」

「そう……二人とも無事で、本当によかった」

アスナが俺たち二人の手を取る。

「今日はいろんな事があったし、少し休みましょう。キリトくんの話も聞きたいし」

アスナの提案でカフェに入り、それぞれ飲み物を注文する。それを待ちながら、まずは現状の確認だ。

「俺たちがいなくなった後、大会はどうなったんだ? アスナの優勝か?」

「ううん、今回は優勝者なしってことになったわ。いきなり、決勝進出者の半分がいなくなっちゃったからって」

「それもそうか……」

俺とアスナが協力関係にあったのは周囲もわかっていただろうし、これで優勝になると不正を疑われる可能性があるもんな。

「フードの男……Mr.Pから話は聞けたのか?」

「いや……会話はしたが、有益な情報はなかった。ミハエルのことも、聞けなかったんだ」

「そうか……」

俺の報告を聞いて、肩を落とすライラ。

「でも、何かを知っていることは間違いないわよね。『弟のことを知りたかったら』って、決勝で言ってたじゃない」

「本当か!?」

アスナの言葉に、うつむいていたライラがハッと声を上げる。

「ああ、間違いない。俺も聞いた」

「そうか……なら、次は絶対に聞き出してやる」

ライラの目は決意に燃えている。だが、相手が相手だけに、やり方を考えないといけないだろう。そう伝えると、アスナの表情が引き締まった。ライラは怪訝そうな目でこちらを見る。

「あいつを知っているのか、キリト」

「ああ……確証はないが、あのタトゥー……俺が思うとおりなら、あいつはPoH。SAOで、俺たちを散々苦しめた、殺人ギルド《ラフィン・コフィン》のリーダーだ」

「殺人ギルト……」

ライラの表情におびえが浮かぶ。きっとミハエルのことを心配しているのだろう。

「ねえキリトくん、PoHとは何を話したの?」

「たいした話はしてないんだ。あいつ本人じゃなくて、別のプレイヤーをけしかけてきたし……」

「それと、逃げるときに雇い主がどうこう……いや、雇い主の命令があるから戦えない、だったな」

「雇い主……それはエプシロンのことか?」

「その可能性が高いと思う。運営と組んでいるとしたら、だけど」

「やっぱりエプシロンが、ミハエルを……!」

ライラの声に怒りがこもる。

「運営が関わっていると考えると、納得できる点もあるんだ。この間行ったアンダーワールド……あそこの情報は、俺とアスナの他にはほんの一部の関係者しか知らない情報なんだ」

それを反映できるということは、運営側にアンダーワールドを知っている人間がいるということ。そしてPoHは、アンダーワールドで俺たちと戦っている。

「なるほど……でも、それならますますあの男を捕まえないと。なんとか、居場所を掴めないかな」

ライラに言われて、俺も頭をひねる。だが、今すぐに実行できる妙案は浮かばない。

「今は難しいだろうな。さっきも、手がかりを見つけることはできなかったし」

「そうか……」

「でも、あいつが俺に執着しているのは間違いない。今回の大会も、向こうから仕掛けてきたことだ。必ずまたチャンスは来る」

「……わかった」

そう言ってライラはため息をついた。肉親が捕らわれているというのに、何もできないというのは辛いだろう。声をかけようとして、俺も言葉に詰まる。そのまま、気まずい時間が流れた。

「ね、ライラさん」

そんな雰囲気を振り払うかのように、アスナが明るい声を出した。

「今からお茶でもどう?」

「お、お茶会?」

「そうだな、少しゆっくり休むのも必要だ」

「リズとかシリカちゃんたちも紹介したいし」

ライラを元気づけるために、リズやシリカたちを呼んでお茶会をする。その提案にライラも賛成し、二人はお洒落なカフェへ移動した。俺も誘われたが、この間に少し調べたいことがあった。

俺はバトルロイヤル大会の会場に戻った。PoHは前回の大会で優勝しているし、大会関係者から情報を得られるかもしれない。もちろん、クロスエッジの運営からは無理だろうが、それ以外の人物――例えば、あのアナウンサー――なら望みはある。

会場に戻ると、観客席やステージの後片付けをしていた。中にはあのアナウンサーもいる。こちらが声をかける前に、向こうが気づいてこちらを指さした。

「君は突然いなくなったファイナリストじゃないかァ!!」

 

「あ、あの……」

「残念ながら、もう試合は終わってしまったァ! 悪いが君は、失格だァ!」

彼女は相変わらずのテンションだ。普段から、こんなテンションなんだろうか。

「あれからァ、Mr.Pも帰ってこないィ! 結局、優勝者はなし! 前代未聞の、なんとも悲しい結末だァ!!!」

「あの、ホントすいませんでした」

「………………」

素直に頭を下げると、彼女は実況風のおしゃべりをやめて、こちらをじっと見た。

「……ま、今回の大会は色々波乱だったよね」

「え?」

「試合の後、調子が悪かったプレイヤーも多かったし。君らにも事情があったんだろうから、気にすることないよね」

いきなりテンションが普通になり、面食らう。でも、いつもあんな風に話しているわけもないか。

それから、彼女に大会のことを聞いてみた。PoHのことは凄腕の大会出場者プレイヤーとしては知っているが、それ以上のことはわからないとのことだ。ただ、大会に出て不調だったプレイヤーが、みんな大きな異常もなく無事だったのには安心した。

「いろいろとありがとうございました」

「ううん、気にしないでね。でも……」

そう言って、彼女はどこからかマイクを取り出すと、こちらにビシッと指を突きつけた。

「だがァ、次はァァァァッ!!!」

「えっ!?」

「次こそは素晴らしいバトルを見せてくれるのかァ!? 見せてくれるだろう!!? キリト君ンンン!!!」

「あ、はい、頑張ります……」

「期待してるからね。じゃ、またね」

あー、びっくりした。でも、悪い人じゃなさそうだな。

それから、周囲で聞き込みを行ったが、やはりPoHの情報は得られなかった。やはり、簡単に足取りを追えるような相手ではなかったな。

「……一度アスナたちのところに戻るか」

きっと、女子会が盛り上がってるだろうしな。

アスナにお茶会の場所を確認し、その店に向かう。ライラおすすめの、カレーのおいしい店らしい。入ってみると、確かにスパイスのいい匂いがする。とたんに、腹がぐぅ、と鳴った。

「あ、キリト! こっちだ!」

奥のテーブルでライラが手を振っている。周りにはアスナとライラに加えて、リズ、シリカ、リーファにアリス、シノン、ユイの姿もあった。ライラの表情もずいぶん明るくなっているし、楽しいお茶会だったんだな。

「お疲れさま、キリトくん」

「キリト君、お腹空いてるんじゃない? ここのカレーすごくおいしかったよ」

「ああ、もう腹ぺこだ」

「ここのカレーは最高だぞ、キリト!」

店員さんを呼び、カレーを注文する。みんなの様子から見て、俺以外はもう食事を済ませたらしい。

「それじゃ、キリトくんも来たし、調べてきたことをきかせてもらおうか」

「ああ、そうだな。それじゃ、キリトが食べている間、私の事情をみんなに説明しようと思う」

ライラは、自分の弟ミハエルがクロスエッジを開発したこと、その運営がエプシロンに移管された後、呼び出されたまま帰らず、現実で肉体が意識不明となっていることを説明した。みんな、エプシロンのやり方に憤りの声を上げる。特に俺のことをずっと看病してくれたリーファ、そして姉妹のいるアリスの怒りは大きかった。

「ライラの家族を思う気持ちは私にもわかります」

「あたしも手伝うから! ライラさん、絶対ミハエルさんを見つけましょう!」

「ありがとう、二人とも……」

ライラも涙目になって頷いた。シリカもリズも、口々にライラを慰める。この短時間で、こんなにみんなと仲良くなってくれたんだな。

「でも、この話はあまり広げないでほしい」

「それは、ライラさんがゲームの管理者を疑っているから……でしょうか」

ユイの指摘に、ライラは小さく頷く。

「プレイヤーの自発的ログアウトを不可能にし、追跡もさせない……これは管理者権限を持った者の関与が疑われます」

「うん。それに、フードの男がミハエルのことを知っていたんだ。キリトがミハエルの居場所を知っているって情報を渡されて……それも嘘だったけど」

「それで、俺たちはそのフードをかぶった男から情報を引き出すために、PvPの大会に出たんだ。結果的に、あまり情報は得られなかったけど……あいつはまた俺たちに接触してくると思う」

「やっぱり相手は……PoHなのね」

アスナの口から出た名前に、リズベットとシリカが驚きの声を上げる。

「PoHって、《ラフィン・コフィン》の、ですか?」

「まさか、嘘でしょ。だってあいつは、アンダーワールドで……」

「《ラフィン・コフィン》……私にとっても、思い出したくない名前ね」

GGOで《死銃》に苦しめられたシノンも、眉を潜める。

「相手がPoHなら、いちばん心配なのはキリトくんの安全だわ」

確かに、PoHの俺に対する執着心は異常だ。本物のPoHなら、必ず俺を狙ってくるだろう。

「でも、ミハエルのことを突き止めるチャンスでもある」

「キリト……ありがとう。でも無茶はしないでくれ。あいつに斬られると、普通じゃない痛みを感じる。運営と組んでいるなら、システムに手を加えているのかもしれない」

「わかった、あんまり無茶はしないよ」

「でも……もしそんな風にクロスエッジを汚しているなら、ますます許せない!」

ライラが激高して声を上げる。

「うん、わたしたちもできるだけ協力するわ。だから、絶対にミハエルさんを見つけましょう、ライラさん」

激高したライラを、アスナが優しくなだめる。

またしても、こんな風に俺たちの仲間を苦しめるのか、PoH。それなら、俺もお前を絶対に許さない。

食事も一段落して、一度解散となった。シノンとシリカ、リズ、リーファは、予定があるとのことでログアウトし、店には俺とライラ、それにアスナとアリスが残った。ユイには、PoHの足跡が掴めないか、調査をお願いしている。

「結局、あのフード男を捕まえるしかミハエルを見つける手掛かりはないんだな……」

ライラが悔しそうにつぶやく。先ほどの激高からは落ち着いたようだが、何もできないというのは辛いのだろう。

「残念だけどそうでしょうね。ユイちゃんが何か見つけてくれるといいんだけど」

「あいつが言った雇い主がこのゲームの運営に関わっているなら、そこにミハエルもいるはずだ」

PoHが逃げた今、しばらくは静観すべきだろう。アリスもそうだ、という風に頷く。

「今は、エサにかかる獲物を待つ時です」

「おいおい、エサって俺のことかよ」

苦笑交じりにそう言うと、ライラとアスナも笑みを浮かべた。アリスのおかげで、緊張した空気が少し和らいだみたいだ。

「今動いたら、PoHはともかく雇い主の運営が警戒してガードを固めるかもしれないからな」

「そうね。PoHの行動は読めないけど……」

アスナの言葉に頷きながら、ふと自分の発言に違和感がわいた。あのPoHが、誰かに雇われて動いている? アスナも同じように感じているようで、二人で同時に首をかしげる。

「やっぱり、アスナも気になるか。あのPoHが、誰かに命令されて動いているなんて……」

「うん。雇われているフリならともかく、本当に雇われるというのはあり得ない気がする」

「だよな……」

「どういうことだ、二人とも。私たちもわかるように説明してくれ!」

ライラが焦れたように声を荒らげる。

「ああ、悪い。どうも、あのPoHが本物っぽくなくてな……」

「そうね。PoHの、キリトくんへの執着はものすごかった。それなのに、二人で戦う機会を放り出して逃げるなんて……」

「つまり、あの男はPoHを装った偽物、ということですか」

アリスが怪訝そうな顔で問いかけてくる。

「それならば、なぜわざわざ警戒されるような人物を装うのでしょう。キリトを罠にかけることが狙いなら、逆効果ではないですか」

アリスの言うことはもっともだ。だから、ヤツを偽物だと言い切ることができない。

「それに、あいつは連覇するって宣言した大会を投げ出して、キリトを誘い出したんだろ? やっぱりキリトを狙っているとしか考えられないぞ」

「だよな……」

やはり、相手の行動がちぐはぐに見える。これも、混乱させるための布石なのか……。

「キリトくん、今は考えても答えは出ないんじゃない? その雇い主が何を考えてミハエルさんを捕らえているのか、それもわからないし」

「そうだな。考えすぎても、かえって相手の術中にはまってしまうかもしれない」

ユイに調査もお願いしているし、方針を決めるのはその結果を聞いてからでも遅くはないだろう。

――女子会。

アスナにそう言われたとき、身構えてしまった。小さい頃から空の面倒を見て、空が大きくなってからはずっと一緒にゲームをしていた。友だち、と呼べる存在はいたかもしれないけど、女子会なんてものはやったことがない。

でも、アスナはミハエルを探す手がかりを手に入れられなかった私を慰めるために、女子会をしてくれるんだ。一度はキリトに斬りかかってしまった私なのに。その気持ちは、とても嬉しかった。

お店は、カレーのおいしいカフェを選んだ。クロスエッジは食べ物にもこだわっていて、特にカレーはミハエルに念入りに調整してもらっているから、おいしさは保証できる。初めて会う彼女たちにも、おいしいカレーを食べさせてあげたい。

「リズー、シリカちゃん、こっちこっち」

「ごめんねー、遅くなって」

「こっちこそ、急にごめんね、リズ」

「何言ってんの。女子会のお誘いなんて、すごく嬉しいわよ。ねえ、シリカ」

「はい、あたしも嬉しいです。お招きいただき、ありがとうございます、ライラさん」

「お、お招きだなんて……」

リズベットとシリカはアスナとキリトの友だち。リズベットは快活で、私にも積極的に話しかけてくれる。アスナとは特に仲がいいようだ。

シリカの連れている、ピナという龍はとてもかわいい。少し年下に見えるせいか、なんだか妹みたいに思えてしまう。それはアスナやリズベットも同じようだ。

「ずいぶん大勢集まっているのね」

「みんないるのに、キリト君がいないなんて、ちょっと珍しいなー」

リーファは、キリトの妹。兄妹でゲームをやっているなんて、私たちみたいだ。ゲームの中では、お互いにキャラクターで呼び合うらしい。ミハエルにも、そうしてもらおうかな。

シノンは、なんだか落ち着いた女性に見える。唯一GGOのアバターで、普段はそっちにいるらしい。でも、キリトの調査を手伝うために、クロスエッジに参加したんだって。

そのほか、アスナもアリスも、それにユイも(ユイがキリトとアスナの娘だと聞いてすごくビックリしたけど!)、みんなキリトのことを慕っていて、ミハエルの捜索にも手を貸してくれると言ってくれた。すごく嬉しい。リアルではあんまりできなかった友だちが、オンラインゲームの中でできるなんて。これも、ミハエルのおかげだ。みんなが協力してくれれば、きっと大丈夫。すぐに見つけてあげるからね、ミハエル。

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