
バースデー小説
きれいに咲いて。
その大きな花が、次の世代にも伝わるように。
最後の一滴が地面に注がれるまで、メディナは祈りをこめて水やりのジョウロを傾けた。
心の力――《心意》は奇跡を起こし、ときに咲くはずのない花を開花させることもある。
キリトからそう聞いて以来、リコリスの世話をするときはいつでも、メディナは祈りを込めながら手を動かした。そのおかげか、こころなしかリコリスの花も大きく、キレイになった気がする。これもアイツのおかげか……と思いかけて、メディナは慌てて首を振った。
ここは、メディナが世話をしているリコリスの花畑。オルティナノス家の所領であり、以前からメディナがずっと――メディナ自身にその記憶はないが――世話をしてきた場所だ。花の世話をしている間は、記憶を失ったという不安や焦りを忘れることができる。メディナにとって、何よりも大切な場所だった。
記憶を失ったメディナは、キリトやその仲間たちと一緒に、アンダーワールドの様々な場所を巡っている。央都セントリアや修剣学院に行ったときは、ほんのわずかだが、そこで暮らした日々の断片が頭をよぎった。それに気を良くしたのか、キリトは事あるごとにメディナを連れ出そうとする。しつこくて迷惑だと思いつつ、結局メディナもそれに付き合ってしまう。
また、キリトの案内で《仮想世界》にも行ってみた。《アンダーワールド》とは全く異なる、騒がしくてゴミゴミした世界。キリトは楽しいというが、メディナはなかなか馴染むことができなかった。記憶がなくても、心の底には生まれ育った《人界》が故郷として魂に刻まれているのだろうか。
そんな《仮想世界》にも、一箇所だけお気に入りの場所がある。それは《猫カフェ》だ。最初、メディナはそんな店にお金を払うなんてありえない、と猫カフェには否定的だった。メディナが暮らす《アンダーワールド》にも、たとえばギントビキツネなどの小動物を飼いならして愛玩動物にすることはある。しかし、猫だけをたくさん集めた店があるなんて信じられなかった。キリトが「何事も経験だ」と言うから、一度だけのつもりで入ったのだが……椅子に腰を下ろした途端、黒猫が膝に乗ってきてメディナは動けなくなってしまった。猫の方はメディナの膝の上が気に入ったようで、そこで伸びをしたり、毛づくろいをしたりしている。「人にはあんまり懐かない」という店員の言葉通り、キリトが撫でようとしてもシャーッと威嚇して、決して撫でさせない。
そんな人嫌いの猫が、自分だけに心を許したということで、メディナはあっさり猫カフェの虜になった。どこかで、人と馴染むことが得意ではない自分に重ねているのかもしれない。それから、折を見て《仮想世界》の猫カフェに行き、その子と会うようになった。キリトたちとは一緒じゃないし、一人でこっそり行っているから、きっと他の人には見つかっていないはずだ。
この間も、キリトとの約束の三時間前に《仮想世界》に行って猫カフェを堪能した。キリトに、服についている毛について聞かれたが、ちゃんと誤魔化した。
キリトおすすめの食事をしているとき、メディナが育てているリコリスの話がでた。ちょうど今が見頃で、満開の花畑は真っ赤な絨毯のようだ。キリトがとても見たがったので、特別に招待してやることにした。
もうまもなく、約束の時間だ。出迎えには行かない。そんなことをして、キリトを待ちわびているように勘違いされてしまったら不本意だ。そう思って、メディナはいつものように、淡々と花の世話をすることに決めた。見たいなら、勝手に見ればいい。
だが、もしキリトが望むなら……メディナの育てたリコリスがほしいと言うなら、譲ってあげてもいいかもしれない。そう考えて、メディナは無意識のうちに微笑んだ。祈りの力を教えてくれたキリトなら、大事に飾ってくれるだろう。なんなら球根を分けてあげてもいい。きっと枯らすことなくキレイに育ててくれるだろう。
「おーい、メディナ!」
背中から、決して待ちわびてなどいない声が聞こえた。顔に浮かんでいた微笑を押しかくして立ち上がる。
「本当に来たのか、キリト。物好きなやつだな」

その大きな花が、次の世代にも伝わるように。
最後の一滴が地面に注がれるまで、メディナは祈りをこめて水やりのジョウロを傾けた。
心の力――《心意》は奇跡を起こし、ときに咲くはずのない花を開花させることもある。
キリトからそう聞いて以来、リコリスの世話をするときはいつでも、メディナは祈りを込めながら手を動かした。そのおかげか、こころなしかリコリスの花も大きく、キレイになった気がする。これもアイツのおかげか……と思いかけて、メディナは慌てて首を振った。
ここは、メディナが世話をしているリコリスの花畑。オルティナノス家の所領であり、以前からメディナがずっと――メディナ自身にその記憶はないが――世話をしてきた場所だ。花の世話をしている間は、記憶を失ったという不安や焦りを忘れることができる。メディナにとって、何よりも大切な場所だった。
記憶を失ったメディナは、キリトやその仲間たちと一緒に、アンダーワールドの様々な場所を巡っている。央都セントリアや修剣学院に行ったときは、ほんのわずかだが、そこで暮らした日々の断片が頭をよぎった。それに気を良くしたのか、キリトは事あるごとにメディナを連れ出そうとする。しつこくて迷惑だと思いつつ、結局メディナもそれに付き合ってしまう。
また、キリトの案内で《仮想世界》にも行ってみた。《アンダーワールド》とは全く異なる、騒がしくてゴミゴミした世界。キリトは楽しいというが、メディナはなかなか馴染むことができなかった。記憶がなくても、心の底には生まれ育った《人界》が故郷として魂に刻まれているのだろうか。
そんな《仮想世界》にも、一箇所だけお気に入りの場所がある。それは《猫カフェ》だ。最初、メディナはそんな店にお金を払うなんてありえない、と猫カフェには否定的だった。メディナが暮らす《アンダーワールド》にも、たとえばギントビキツネなどの小動物を飼いならして愛玩動物にすることはある。しかし、猫だけをたくさん集めた店があるなんて信じられなかった。キリトが「何事も経験だ」と言うから、一度だけのつもりで入ったのだが……椅子に腰を下ろした途端、黒猫が膝に乗ってきてメディナは動けなくなってしまった。猫の方はメディナの膝の上が気に入ったようで、そこで伸びをしたり、毛づくろいをしたりしている。「人にはあんまり懐かない」という店員の言葉通り、キリトが撫でようとしてもシャーッと威嚇して、決して撫でさせない。
そんな人嫌いの猫が、自分だけに心を許したということで、メディナはあっさり猫カフェの虜になった。どこかで、人と馴染むことが得意ではない自分に重ねているのかもしれない。それから、折を見て《仮想世界》の猫カフェに行き、その子と会うようになった。キリトたちとは一緒じゃないし、一人でこっそり行っているから、きっと他の人には見つかっていないはずだ。
この間も、キリトとの約束の三時間前に《仮想世界》に行って猫カフェを堪能した。キリトに、服についている毛について聞かれたが、ちゃんと誤魔化した。
キリトおすすめの食事をしているとき、メディナが育てているリコリスの話がでた。ちょうど今が見頃で、満開の花畑は真っ赤な絨毯のようだ。キリトがとても見たがったので、特別に招待してやることにした。
もうまもなく、約束の時間だ。出迎えには行かない。そんなことをして、キリトを待ちわびているように勘違いされてしまったら不本意だ。そう思って、メディナはいつものように、淡々と花の世話をすることに決めた。見たいなら、勝手に見ればいい。
だが、もしキリトが望むなら……メディナの育てたリコリスがほしいと言うなら、譲ってあげてもいいかもしれない。そう考えて、メディナは無意識のうちに微笑んだ。祈りの力を教えてくれたキリトなら、大事に飾ってくれるだろう。なんなら球根を分けてあげてもいい。きっと枯らすことなくキレイに育ててくれるだろう。
「おーい、メディナ!」
背中から、決して待ちわびてなどいない声が聞こえた。顔に浮かんでいた微笑を押しかくして立ち上がる。
「本当に来たのか、キリト。物好きなやつだな」

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